1. 科学的判断と価値判断

[1] 気候変動に関する政府間パネル(Inter-governmental Panel on Climate Change)。各国の政府から推薦された科学者の参加のもと、地球温暖化に関する科学的・技術的・社会経済的な評価を行ない、得られた知見を、政策決定者を含め広く一般に利用してもらうことを任務としています。

温暖化ガスの排出が、将来、地球環境にどのような影響を与えるかについて、科学者たちがシナリオを示しています。IPCC[1]によるシナリオが、それです。グローバル化が進むのか、それとも地域主義的な世界になるのか、また経済発展を重視するのか、それとも経済と環境との調和を重視するのかに応じて、4つのタイプの社会を想定し、それぞれの場合の「地球環境への影響」を予想しています。4つのうちの一つ、高成長型社会については、さらに細かく分けた予想も行なっています[2]

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[2] グローバル化が進むのか、それとも地域主義的な世界になるのかを横軸にとり、経済発展を重視するのか、それとも経済と環境との調和を重視するのかを縦軸にとって、4つのタイプの社会を想定しています。左上の「高成長型社会」はさらに3つのタイプに分けられています。(「IPCC第4次評価報告書」をもとに作成)

[3] 気象庁「地球温暖化予測情報」第6巻、2.2節(シナリオの概要)より。太字の修飾は引用者がつけたものです。

[4] 「地球温暖化に係る政策支援と普及啓発のための気候変動シナリオに関する総合的研究 成果報告書」 p.25より。

[5] 鈴木基之ほか「気候の安定化に向けて直ちに行動を!- 科学者からの国民への緊急メッセージ -」、冒頭の「国民のみなさまへ」と題された箇所より。

こうした「シナリオ」が提示される背景には、リスクに対する次のような考え方があると思われます。科学者は「中立的な立場から」リスクの予測をする。それに対しどのような施策を講ずるか、その選択は国や市民の価値判断次第である、という考え方です。

しかし、と松王さんは言います。

この考え方は妥当でしょうか。そもそもシナリオづくりは、価値判断抜きでは、できないのではないでしょうか。

その証拠に、たとえばこのような発言があると指摘します。

「地球温暖化がどの程度進むかは、自然変動を別にすれば、人間社会がどのような方向に発展するかによって大きく左右される。将来の社会の発展方向の描き方により、エネルギー利用や土地利用変化の予想が大きく変わり、温室効果ガスなどの排出シナリオが大きく違ってくる。」[3]

しかも、シナリオをより詳細なものにしようとすればするほど、価値判断との結びつきが強まるのではないか、と松王さんは言います。科学者たちは今、シナリオを、より詳しいものにしようと努力し、そのために、具体的なモデルを作っています。たとえば、土地利用の状況が違うと気候変動の予測がどう違ってくるかを調べるために、都市圏の人口分布が集約型(人々が都心に住むコンパクトシティー型)になる場合と、分散型(人々が郊外に住む自動車依存型)になる場合を想定して、気温上昇の見込みを予想[4]しています。

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集約型になる場合

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分散型になる場合

このような、具体的な選択肢とともに示される将来予測は、社会のありようを方向づける大きな力を持つだろう。それだけに、ほんとうに価値判断抜きに予測が可能なのかが、これまで以上に問われるだろう、と松王さんは言うのです。

さらに、こうも指摘します。

科学者のなかに、いささか気になる発言があります。そうした発言が、「科学者として」あるいは「科学者ならでは」の発言だとするなら、科学者が積極的に価値判断をリードしていることになるのではないでしょうか。

ここで松王さんが「いささか気になる発言」としているのは、次のようなものです。

「気候が急激に変化している。この気候変化が人為的温室効果ガス排出によるものであることは、科学的に疑う余地がない。このままの排出が続けば、人類の生存基盤である地球環境に多大な影響を与えることも明白である。・・・科学の結果を直視し、気候の安定化に向けて、国民が一体となって「低炭素社会」の実現に向けて行動し、世界が共に行動を開始することをより強く呼びかけていくべき時が来ている。このことを、気候変化を研究する科学者として再び強く訴えたい。」[5]

もっとも江守さんであれば、この点に関連して言うでしょう。

同じく科学者たちによる声明ですが、これとは対極的なトーンのものもあります。

具体的には「IPCC 報告の科学的知見について~IPCC関係科学者有志の見解~」です。この声明には、江守さんも名を連ねています。

2. 専門家主導か、市民参加か

[6] トランス・サイエンス的な問題において市民参加が必要だという点については、小林傳司『トランス・サイエンスの時代:科学技術と社会をつなぐ』(NTT出版、2007年)をご覧ください。

[7] 日本では、京都で開催されました。その後2012年には、生物多様性をテーマに第2回目が開催されました。

[8] ミニ・パブリックスを用いた市民参加の世界的な動向については、篠原一(編)『討議デモクラシーの挑戦:ミニ・パブリックスが拓く新しい政治』(岩波書店、2012年)をご覧ください。

[9] 討論型世論調査については、ジェイムズ・S・フィシュキン『人々の声が響き合うとき:熟議空間と民主主義』(曽根泰教監修・岩木貴子訳、早川書房、2011年)をご覧ください。

[10] World Wide Views on Global Warmingの結果をもとに作成

社会学者であり、科学コミュニケーション活動にも携わってきた三上さんは言います。

地球温暖化の問題は、専門家や政治家だけに任せておくことのできる問題ではない、だから市民参加が必要なのです。

温室効果ガスの排出が、気温上昇をもたらし、それが自然や社会に様々な影響を与える。そのメカニズムがどうなっているのか、どのような影響がどの程度の大きさで予想されるのか。それは、科学の問題である。しかし、悪影響をどのレベルで食い止めるか、そのために温室効果ガスの排出をどこまで削減するか、これは政治的意思決定の問題である。つまり、地球温暖化の問題は「科学に問うことはできるが、科学だけでは答えが出せない問題」であり、社会全体で意思決定をすべき問題である。科学を「超えた」問題、トランス・サイエンス的な問題である。だから、市民参加が必要だというのです[6]

市民参加を実現するための具体的な手法も、いろいろ試みられており、「世界市民会議」もその一つです。

世界市民会議は、World Wide Views、略してWWViewsとも言われます。世界各地で、それぞれの国や地域の縮図となる100人ほどの市民が、同じ日に、同じ議題について、同じ情報資料にもとづいて、同じ論点、そして同じ進行プログラムにのっとって議論します。議論の結果は、予め用意されている世界共通の選択肢に対して、一人一人が投票することで集約します。その投票結果は、国連などの議論の場へインプットされます。WWViewsは、3年前、2009年の秋に、地球温暖化をテーマにして初めて実施されました[7]

WWViewsでは、無作為抽出などの方法で、一般からくまなく参加者を募って、議論が行なわれます。「社会の縮図」、ミニ・パブリックスをつくって、議論しようというのです。議論に入る前に、ビデオを見たり、予め送られてくる資料に目を通しておくことで、バランスのとれた情報を受け取り、それをベースに議論します。そして会場では、参加者どうしがじっくり議論できるような時間が保証されます。

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WWViewsの会場の様子

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グループ討論の様子

こうしたミニ・パブリックスを用いた市民参加のしくみは、近年、世界中で数多く試みられています[8]。WWViewsのように複数の国で同時に実施するものはまれですが、一つの国や州、自治体のレベルでは、様々なテーマでミニ・パブリックス型の市民参加の場がつくられています。スタンフォード大学教授の政治学者、ジェイムズ・S・フィシュキンらが開発した討論型世論調査[9]は、ここ20年ほどの間に、世界20カ国近くの国で実践が繰り返されている代表的な手法の一つです。

地球温暖化に関するWWViewsでは、100人ほどの市民が議論した結果、どのような意見が表明されたのでしょうか。たとえば、「気温の上昇を抑えるために、どのような長期目標を立てるべきだと思いますか」という問いについては、世界各国の「市民の意見」を平均すると、下図のような意見分布になりました[10]。日本の結果だけを取り出したものも、あわせて示してあります。

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3. 市民参加の難しさ

[11] 詳しくは、江守正多「温暖化リスクの専門家の視点から見たWWViewsへのコメント」『科学技術コミュニケーション』第7号、pp.49-54、特にp.51 をご覧ください。

[12] 詳しくは、江守正多「温暖化リスクの専門家の視点から見たWWViewsへのコメント」『科学技術コミュニケーション』第7号、pp.49-54、特にpp.51-52をご覧ください。

[13] 詳しくは、三上直之「地球規模での市民参加におけるファシリテーターの役割 : 地球温暖化に関する世界市民会議(WWViews)を事例として」『科学技術コミュニケーション』第7号、pp.19-32や、郡伸子ほか「地球規模での「科学技術への市民参加」はいかにして可能か? 生物多様性に関するWWViewsの討論過程の参与観察から」『科学技術コミュニケーション』第13号、pp.31-46 をご覧ください。

[14] このリンクをクリックすると、シミュレーションする画面が表示されます。たとえば、グラフ下、中央の一番上にある Nuclear power stationの値を4に変えると、上段中央のグラフ(エネルギー供給量を表わす)が大きく変化します。同様に、他のパラメータも変えてシミュレーションすることができます。

しかし、この結果に対し科学者の江守さんは違和感を感じると言います。

参加者が、提供された情報をよく理解したうえで意見を表明したのならば、ここまで厳しい目標を選択する結果にはならなかったでしょう。その一つの証拠に、この意見分布と、他の質問に対する意見分布とのあいだに整合性がありません[11]

選択肢が適切でなかったのではないか、とも江守さんは言います。たとえば「2℃以内を目指すべきだが、対策がどうしても困難であれば2℃をある程度超えても仕方がない」という意見の人は、「2℃以内」を選択するよう、結果的に誘導された可能性があるというのです。そうした意見の人にとって、もう一つの選択肢「2℃以上」は、「何度上昇してもかまわない」というニュアンスを伴うため、選択しにくいからです[12]

このように、WWViewsには、なお課題があります。三上さんも言います。

3つの、相互に関連した課題があります。地球温暖化問題のように「難易度の高いテーマ」を、「世界共通のフォーマット」で、「ふつうの人々」が議論することに伴う課題です[13]

WWViewsが、現実の政策にどれだけ影響しうるのか、それはまだ未知数です。とはいえ、世界規模で「科学技術への市民参加」を実現するための一つの方法として、WWViewsの意義は大きいと三上さんは言います。WWViewsのほかにも、コンセンサス会議や討論型世論調査など、ミニ・パブリックスの手法は、既存の意思決定システムの制度疲労を克服し、新たな公共性を構築する切り札として活用できる、というのです。

他方、江守さんは、言います。

地球温暖化の問題について、市民が「よく理解したうえで」議論をするためのツールとして、英国政府がウエブ上で提供している 2050 Pathway Calculatorが参考になるのではないでしょうか。

2050 Pathway Calculatorのウエブサイトでは、原子力や、火力、風力などの発電をどれだけ取り入れるか、交通手段のエネルギー源をどうするかなど、地球温暖化に対する様々な対策を選択すると、そのときのエネルギー需給や、CO2排出量、かかるコストなどが2050年に向けどう変化していくかを、インタラクティブに予測してくれます[14]。イギリスが目指す「2050年にUK内排出量80%削減」に向け、informed debateを支援するツールとして提供されているのです。

4. とはいえ、市民に何ができるのだろうか

[15] 報告書の概要が「スターン・レビュー:気候変動の経済学」として日本語に翻訳されています。

[16] この「スターン・レビュー」に批判があることも、松王さんは織り込み済みです。日本での批判は、「スターン・レビューに対するコメント」などで見ることができます。ポイントは、これらの批判がいずれも、専門家によるものだということです。

でも、と松王さんは言います。

市民にいったい何ができるのでしょうか。

広範、かつ強力な提言が、専門家によってすでに出されているではないか、というのです。

松王さんが念頭に置いているのは、「スターン・レビュー」です。経済学者ニコラス・スターンが、イギリス政府からの依頼を受け、地球温暖化に関して経済学的観点から評価を行ない、政府に提出した報告書[15]です。レビュー作成チームは、いくつもの、国々や国際機関を訪れ、経済学者や科学者、政策担当者、産業界、そしてNGOとの情報交換、意見交換を行なって、この報告書をとりまとめました。

このスターン・レビューには、特徴が2つある、と松王さんは言います。一つは、従来のような価値単一的なコスト・ベネフィット論にとどまらず、非経済的な被害も考慮していることです。もう一つは、IPCCのように複数のシナリオを示すのではなく、政府への具体的な提言と、その基礎となる分析が中心になっていることです。

このレビューの主要なメッセージは、「気候変動に対し、強固で、かつ早期の対策を行うことによるベネフィットは、そのコストを上回る」ということです。対策をとる場合にかかるコストは、世界全体で平均して毎年GDPの1%と予測されますが、対策によるベネフィットはこのコストを上回ります。他方、対策をとらない場合の損失は、GDPの20%にも達する可能性があります。

このレビューは、信頼できる科学的データをもとに、多様な経済学的視点や手法を使い、専門家たちがまとめたものです。こうした広範かつ強力な提言を前に、市民には何ができるのでしょうか? あるいは、何をなすべきなのでしょうか?

松王さんは、こう問いかけるのです[16]

5. サンスタインの主張を超えて“市民参加”を擁護できるか

[17] サンスタインの著作のいくつかには、日本語訳もあります。『最悪のシナリオ - 巨大リスクにどこまで備えるのか』(みすず書房、2012年)、『熟議が壊れるとき』(勁草書房、2012年)、『インターネットは民主主義の敵か』(毎日新聞社、2003年)など。編著には『クローン、是か非か』(産業図書、1999年)があります。

[18] 詳細については、松王政浩「予防原則に合理的根拠はあるのか」『21世紀倫理創成研究』pp.109-128、特に第3節をご覧ください。

松王さんは、こんな問題も提起します。

市民参加に意義があると言うためには、ハーバード大学ロースクールの教授、キャス.R.サンスタインの主張をどう切り崩すかが問われます[17]

サンスタインは、科学者の間で意見の対立があるようなリスク、あるいは程度を量的に見積もることのできないようなリスクに対しどう対処するか、それを決めるには次の原則に従うのがよい、といいます。一つは、コスト・ベネフィットの分析結果に従うこと、もう一つは、コスト・ベネフィットの分析は専門家が行なうことです。

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「コスト・ベネフィットの分析は専門家が行なうべきである」というサンスタインの主張に対抗して市民参加を擁護するには、次のような点について、納得のいく説明が与えられるべきだ、と松王さんは言います。第一に、市民参加というけれど、参加する方法、あるいは参加の手続きがあるのか。そして第二に、そもそも市民あるいは素人の判断が、なぜ尊重されるべきなのか、という点です[18]